ある夜、真っ暗になった部屋の中で中学生の娘にこう切り出されました。 うつ病。精神科。なぜ? 僕は医師ですが、娘の突然の告白に胸が詰まりました。娘の申し訳なさそうな作り笑いが、ドアの向こうからの光に浮かんでいました。 楽しみにしていた中学校への入学。真新しい制服を部屋に吊るし、家族で入学式を待っていたころ。 「頭が痛くて、起きられない」 「夜眠れなくて、朝がつらい」 娘はそのように頻繁に体調不良を訴え、しばしば寝込むようになっていきました。自宅にあった痛み止めなどは飲んでいたのですが効果はありません。 「学校が変わるから色々とストレスもあるのかもね。ゆっくり休んだら良いよ」 などと僕と妻は話をし、しばらく様子を見ていました。 しかし、中学校に入学後も症状は一向に改善しないばかりかむしろ悪化することが増えていきます。頭痛や不眠に加え、腹痛や吐き気も加わり、学校を連日休むことも。 「学校に慣れるまでは様子をみようか」と妻とは話をしていましたが、元々は活気にあふれていた娘が段々と憔悴していく姿に悩んでいたころ、冒頭の告白を娘から受けたのです。

もしかして、コロナ(ワクチン)の後遺症?

その時、僕の脳裏に浮かんだのは、 「もしかしたらコロナ(ワクチン)の後遺症という可能性はないか」 ということでした。 2021年の9月、10月と娘はコロナのワクチンを接種していましたが、2022年3月に新型コロナウイルスに感染。ただ、症状は軽微で37℃の微熱が出たくらい。「まさかコロナじゃないよね」と検査したところ陽性と出てしまった、程度だったのです。 だから僕は、ちらりとよぎったその考えを、 「いや、そんなはずはない。他に原因があるはずだ」 と消し去りました。今から思えば、信じたくなかった、というだけかもしれません。冷静ではなかったのです。

精神科が見つからず、家庭医を受診

僕はまず、娘の話をきちんと聞く必要があるだろうと考え、暗い部屋の中で腰を下ろしました。 学校に馴染めなくて、適応障害になっているのか? そう考えて、学校の過ごし方を聞いてみましたが、そういう様子はありません。むしろ、「行きたくて仕方がないのに、行けなくて苦しい」と泣いていました。 まずは娘の言うとおりにしよう、と精神科を探しましたが、 「15歳以下は児童精神科を専門にしているところじゃないと」 「初診の予約は数か月先です」 などと言われてしまいました。 「とにかく早く、娘と向き合ってくれる医者を探さないと」と考え、家庭医の先生に連れていくことにしました。 そこでは1時間近く話を聞いてもらえ、血液検査や起立性調節障害の検査なども行いました。そして「うつ病ではないと思う」と、その医師は言い、他の原因もはっきりとしたものはなさそうだと。 ただ「まずは、眠れるように」と睡眠薬をもらったのですが、症状は改善せずその後も続いていったのです。

体調不良に波 婦人科を受診

原因不明の体調不良。 朝、ベッドで泣きながら寝込んでいる娘を見ながら出勤するのは、親としても本当につらい時期でした。 そんなことが数か月続いたある時、僕は娘の体調不良に波があるのではないかと気づきました。いつも具合が悪そうにしているのですが、3~4週ごとに特に体調の悪い1週間があります。 「もしかしたら、生理周期と関係しているのではないか?」 と考え、妻を通じて尋ねてもらったところ、その予想は的中していました。 さっそく、婦人科の予約を取り受診。中学生ということで色々とありましたが、比較的早くホルモン剤を処方していただき、飲み始めました。 すると、飲み始めて1か月くらいでめきめきと元気になりはじめたのです。頭痛も腹痛も軽くなり、食欲も出始めました。笑顔が増えて快活になり、学校にも毎日行けるように。 そして今は、昔と変わらない元気さで中学に通えるようになったのです。

思春期には原因不明の体調不良を経験することも

僕が、娘のエピソードを通じて皆さんにお伝えしたかったことは2つあります。 まず一つは、 「この年代の子は、一見すると原因不明な不定愁訴(様々な体調不良)に悩まされる」 という事実です。 この話は10年ほど前、HPVワクチンの騒動のころに頻繁に耳にしていたので、僕の記憶にも残っていました。 当時、10代の女性たちがHPVワクチン接種後に「原因不明の不定愁訴」に悩まされることがある、と報道されたことで一気に「ワクチンによる薬害では」と忌避感が広まりました。 しかし、その後の名古屋市の3万人の女子を解析した「名古屋スタディ」などでワクチンをうっていてもうっていなくても、症状の有無に差はなかったと報告されました。 つまり、ワクチンをうっていなくても「一見すると原因不明の不定愁訴に悩まされる」女性が一定の割合で生じるということでした。 この歴史的背景が頭にあったため、僕は娘のエピソードを聞いた時に「コロナ(ワクチン)の後遺症では?」と浮かんだ考えを否定し、結果的に適切な治療へ結びつけることができたのだと思います。 よって現在、仮にコロナやワクチンの後遺症を疑われていたり、または原因不明の不定愁訴に悩まされていたりする10代の女性の中には、月経による身体・精神症状が出現している例が少なからずあり、また見逃されている可能性があるのではないかと僕は考えています。 もちろん、娘の場合はたまたまそれが原因で、投薬で良くはなりましたが、同じ症状であってもそれ以外の原因が山のようにあることも事実です。

月経異常は、コロナ後遺症やワクチンによる影響もあるが……

また、僕は先に「冷静を欠いていた」と書きましたが、実際にはコロナ後遺症(long-COVID)としての月経異常も報告されていますし、ワクチンによる影響の可能性も「ゼロと断言」はできません。 例えば、約4万人のワクチン接種者への調査で、約40% の女性が「月経量が増加した」と回答したという報告もあります。 イギリスでは、医療によって「有害事象(※)」が発生した際に、医薬品・医療製品規制庁(MHRA)に報告する「イエローカード」という制度があります。2022年9月末までに、コロナワクチン投与後における月経異常が約4万件報告されています。 ※有害事象 その原因が医療であるかどうかは関係なく、医療提供後に起きたあらゆる望ましくない出来事。医療との因果関係が否定できない場合を「副作用」や「副反応」と呼ぶ。 ただしこれは、女性に投与された約7500万本のワクチン投与に伴うものです。月経障害が一般的によくあることに照らしてわずか0.0005%の報告は低いものであり、ワクチンと月経異常との関連性は支持されない、とコメントされています(報告数が少ない可能性がありますが)。 また、米国産婦人科学会は約4000人を対象としたEdelmanらの研究(2022)で、ワクチン接種後の一時的な月経周期異常があったことを報告しています。この報告でも、その異常は2周期以内には元に戻ることを述べ、「月経への影響は最小限で一時的なもの」と述べています。 また、コロナ後遺症についても、177 人の患者のうち25%の患者が月経量の変化を示し、28%の患者は月経周期に変化があったことが報告されています。 また別の報告でも、約1800人の患者のうち、36%が月経の問題を経験していると回答しています。このうち、20%では「月経が重くなった」と回答している方もいるのです。 ただ、月経周期や程度はもともと様々な環境ストレスや生活の変化からの影響を受けることがわかっています。 こういった反応はワクチンやコロナウイルスが直接的に影響を及ぼしているというよりは、それらによる発熱など身体的ストレスで月経周期が乱れたり、不正性器出血が起きたりする可能性が高いのではと考えられています。

適切な治療を受けたら回復する場合もあるという「希望」

結果的に、娘の状態も新型コロナウイルス感染や中学入学前後のストレスなどが複合的に影響し、月経に伴う症状を悪化させていたのだろうと推測されます。 その要因のひとつとして、ワクチンの影響がゼロか、と問われればそのように断言するだけの根拠は持ち合わせていません。 ただ、仮にその影響がゼロではなかったと仮定したとしても、「(ワクチンや新型コロナウイルス感染症にかかった後に生じる)一見すると原因不明の不定愁訴」があっても適切な治療によって症状がコントロールされ、元気になる可能性が示されたことは、少なくない方にとって希望となり得るのではないでしょうか。 ワクチンや新型コロナの後に症状が生じたとしても、そこに因果関係があると決めつけず、観察と考察を続けるべきという教訓ですし、また逆に「僕が冷静を欠いた」ように、無関係と断言するのも暴論でしょう。 両面から可能性を探り、十分な検査や診察で除外診断をし、適切な治療へ結びつけましょう、という当たり前のことではあるのですが。

月経困難症は我慢させる必要はない

そして、僕がお伝えしたかったもう1点は、 「月経は病気ではない、とよく言われるけど月経困難症などは明らかに日常生活に支障をきたす状態であり、我慢させる必要はないことも知ってほしい」 ということです。 特に男性(男親)は無頓着な方が多いかもしれませんが、今は、良い薬もたくさんあるのでこれを機に大切な家族の苦しみに目を向けてほしいと思います。

つらい症状を放置しないで、適切な医療につながって

今回、Twitterで娘のエピソードを公開したことで 「実は私も若いころに同じように苦しんでいた」 「いま現在、自分の身内が同じ症状でつらい思いをしている」 というお声をたくさんいただきました。そして、そのうち少なくない方が、周囲や医師の理解を得られずに、適切な治療へ結びついていないことも。 「機能性障害」といって、特に身体的には異常が無いにも関わらず、様々な身体症状をきたしてしまう状態もあります(この場合、時に「心因性=気持ちのせい」などと言われ、ぞんざいな扱いを受ける場合がありますが、機能性障害はれっきとした「病」ですので適切な治療でコントロールしていくのが妥当です)。 中には、すっきりと症状が改善せず年単位で続いてしまう方もいるでしょう。それでも、辛抱強く向き合ってくれる医療者を見つけ、適切な検査と観察とで診断をつけ、時間をかけて「何とか付き合っていく」道を模索することも大切と思います。 今回の娘のエピソードを機に、「思春期の原因不明の不定愁訴」がもう一度見直され、適切な治療に結び付く方が増えることを期待しています。

【西智弘(にし・ともひろ)】川崎市立井田病院腫瘍内科 / 緩和ケア内科 医師

2005年北海道大学卒。家庭医療を中心に初期研修後、緩和ケア・腫瘍内科の専門研修を受ける。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。 一方で「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」を運営する一般社団法人「プラスケア」を起業し、院外に活動の場を広げている。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。 『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『がんを抱えて、自分らしく生きたい がんと共に生きた人が緩和ケア医に伝えた10の言葉』(PHP研究所)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)、『だから、もう眠らせてほしい 安楽死と緩和ケアを巡る、私たちの物語』(晶文社)、『わたしたちの暮らしにある人生会議』(金芳堂)など著書多数。

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